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710年の平城京遷都に伴って、飛鳥の法興寺(飛鳥寺)がその名も「元興寺」に改められ、現在の地に移されました。

 寺域は南北4町(約440m)、東西2町(約220m)にわたる広大な寺院であったが、平安時代の中期以降になると、さまざまな時代背景の中で徐々に衰退していき、さらに宝徳3年(1451)の土一揆により多くの堂塔が焼失して、現在は元興寺極楽坊本坊と禅室(写真)を残すのみとなっています。<

 この元興寺の旧境内を中心とした地域が「ならまち」と呼ばれ、「ならまち」には元興寺や中将姫ゆかりの寺院をはじめ、奈良時代に創建された社寺が町のあちこちに点在する長い歴史を感じる町です。

 

 

一口メモ

710年 なんときれいな平城京(奈良)に遷都 。 710〜784年間の都

708年 和同開珎を鋳造。しかし当時はまだ物々交換が盛んで、稲や布が貨幣のように通用していた

平城京は唐の都、長安城を手本として建設

その広さは5km四方、約25K�屐�なお長安は10km四方

平城京の人口は5万人〜10万人位、その内貴族・上級官人120人(一にぎりの人)、中級官人600人、下級官人6000人 。 奈良時代の全国の人口は400万人前後

平城京遷都に併せて、興福寺(710)、元興寺(718)、薬師寺(718)を奈良に移転

律令制を採用し、全国を「五畿七道」に分け、全国統一を果たす

名産品・土産物には 仏教文化から興った墨・筆。社寺の什器に始まる漆器。春日の社人がつくり始めたといわれる奈良団扇。春日若宮の祭礼の飾り物に始まる一刀彫。奈良晒に始まる蚊帳の生産。奈良漬けなど

 

 

 

  寺社めぐり

元興寺 東門(重文)

 蘇我馬子が飛鳥に建立した日本最古の本格的仏教寺院である法興寺が前身で南都七大寺の一つ。世界遺産「古都奈良の文化財」にも登録されている。

 東門(重文)はもと東大寺西南院にあった門を、元興寺の極楽坊正門として、応永18年(1411)この場所に移築されたものです。本堂は「極楽坊」とも呼ばれ、鎌倉時代の建築。本堂と禅室には、飛鳥時代の瓦が使われている。(トップの写真)

史跡 元興寺小塔院跡

 元興寺の旧境内は「元興寺極楽坊・僧坊」「小塔院跡」「塔跡」の3か所に分かれ、そのひとつが小塔院跡です。国の史跡に指定されている。

史跡 元興寺塔跡

 元興寺の旧境内は「元興寺極楽坊・僧坊」「小塔院跡」「塔跡」の3か所に分かれ、そのひとつが塔跡です。国の史跡に指定されている。

率川神社(いさがわじんじゃ)

 山の辺の道に鎮座する大神神社の摂社。飛鳥時代、推古天皇元年(593)大三輪君白堤が勅命によって祀る奈良市最古の神社。

伝香寺

 宝亀2年(771)、鑑真和上の弟子・思託律師により開かれたと伝わる律宗の古寺です。境内にある「散り椿」は奈良の三名椿の一つとして有名。

西光院

 華厳宗の寺院。元は元興寺の一院。

弘法大師座像は奈良三裸像の一つ。国重文の十一面観音菩薩隆三は平安時代後期の作。

徳融寺

 融通念仏宗の寺院。元は元興寺(聖観音)の一院。

豊成・中将姫父子の墓がある。中将姫ゆかりの寺の中では最も大きい。

誕生寺

 當麻曼荼羅で知られる中将姫ゆかりの尼寺。中将姫が生まれた藤原豊成の屋敷があったと伝わるので誕生寺と呼ばれている。

聖光寺

 浄土宗の寺院。元は元興寺の一院。

本尊は阿弥陀如来三尊像。

称念寺

 浄土真宗本願寺派の寺院。

「菊の香や奈良には古き仏たち」松を芭蕉の句碑がある。

住吉神社 

 元興寺境内の勝南院に鎮座していたと伝えられる。現在は小さな祠の神社となっている。

御霊神社

 桓武天皇の延暦19年(800年)に建立。74町、約5000軒の氏子を持つ県内屈指の氏神神社。

庚申堂

 ならまちの庚申信仰の青面金剛像を祀っている小さなお堂。青面金剛の使いである申のお守り「身代わり申」は魔除けとして家の軒先に吊るされている。

高林寺

 融通念仏宗の寺院。元は元興寺(高御門の尼室)の一院。中将姫ゆかりの寺。

十輪院 

 元正天皇の勅願寺とされ、元は元興寺の一院。本堂は国宝に指定されている。国宝本堂の中に重要文化財の石仏龕(がん)が納められている。(石造りの厨子)

法徳寺

 融通念仏宗の寺院。元は元興寺(多門院)の一院。 本尊は阿弥陀如来立像。